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徳島地方裁判所 平成11年(行ウ)1号 判決

主文

一  両事件原告の訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は両事件原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

(平成一一年(行ウ)第一号)

両事件被告(以下、「被告」という。)らは、訴外徳島県(以下、単に「徳島県」という。)に対し、各自金一億六六七〇万七六四一円及びこれに対する被告圓藤寿穂、同坂本松雄及び同株式会社阿波銀行については平成一一年一月二一日(訴状送達日)から、被告寺田稔及び同平川薫については同月二二日(前同)から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(同年(行ウ)第四号)

被告らは、徳島県に対し、各自金一億一一六三万六八二一円及びこれに対する平成一一年三月一六日(訴状送達日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は被告圓藤寿穂(徳島県知事)、同坂本松雄(同県出納長)、同寺田稔(同県総務部長)及び平川薫(同県総務部財政課長)(右四名を、以下、「被告徳島県関係者」という。)が同株式会社阿波銀行に利益を供することを知りながら、基金に属する現金の運用を誤らせ、徳島県に対する損害(損失)を与え、右現金の預託先である被告株式会社阿波銀行(以下、「被告阿波銀行」という。)に利得を得させたとして、徳島県の住民である両事件原告(以下、「原告」という。)が、地方自治法二四二条の二に基づき、徳島県に代位して、被告阿波銀行に対し不当利得の返還を、その余の被告らに対して不法行為に基づく損害の賠償を、それぞれ求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告は、徳島県の住民である。

(二) 被告圓藤寿穂は平成五年一〇月五日から徳島県知事の職にある者であり、同坂本松雄は平成九年一一月二八日から同県出納長の職にある者であり、同寺田稔は平成一〇年七月三一日から同県総務部長の職にある者であり、同平川薫は平成八年一一月一日から平成一一年三月三一日まで同県総務部財政課長にあった者である。

(三) 被告阿波銀行は、徳島県から、地方自治法二三五条一項に基づく指定を受けている金融機関(指定金融機関)である。

2  基金に属する現金の運用について

(一) 平成一〇年五月二九日付預け入れ分

金一〇八六億五一〇〇万円

(1) 引き合い預託(所定の金額について、複数の金融機関から当該金額についての引受可能利率の提示を受け、見積合わせの上、最も高い見積金利を提示した金融機関に対し、当該提示利率で当該金額を預託する方法)分は、金一五〇億円であり、これを別表一のとおり五分して、定期預金として預け入れる方法により運用した。利率は同表の預入利率欄記載のとおりで、〇・七九から一・一二パーセントであり、期間は、六か月(平成一〇年五月二九日から同年一一月三〇日まで)であった。

(2) 相対預託(特定の金融機関との合意に基づく預託額及び預託金利を決定し、一定額を預託する方法)分は、金九三六億五一〇〇万円であり、定期預金として預け入れる方法により運用した。期間及び利率については次のとおりである。

〈1〉 期間 三か月(平成一〇年五月二九日から同年八月三一日まで)

利率 〇・五五パーセント

〈2〉 〈1〉満期後の元金(九三七億四二〇〇円)につき

期間 三か月(平成一〇年八月三一日から同年一一月三〇日まで)

利率 〇・六八パーセント

(二) 平成一〇年一一月三〇日付預け入れ分

金一〇九六億四三〇〇万円

(1) 引き合い預託分は、金一五七億四六〇〇万円であり、これを別表二のとおり六分して、定期預金として預け入れる方法により運用した。利率は同表の預入利率欄記載のとおりで、一・〇六から一・二四パーセントであり、期間は、平成一〇年一一月三〇日から六か月であった。

(2) 相対預託分は、金九三八億九七〇〇万円であり、定期預金として預け入れる方法により運用する。期間及び利率については次のとおりである。

期間 三か月(平成一〇年一一月三〇日から平成一一年二月二六日まで)

利率 〇・五三パーセント

3  原告は、前記2(一)の基金に属する現金の運用に関し、平成一〇年一〇月一三日、徳島県監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づく監査請求を行い、右監査委員は、同年一二月一一日右請求を棄却し、原告は、同月一二日、監査結果通知書の送達を受け、前記2(二)の基金に属する現金の運用に関し、同年一二月一四日、徳島県監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づく監査請求を行い、右監査委員は、平成一一年二月八日右請求を棄却し、原告は、同月九日、監査結果通知書の送達を受けた。

二  争点

1  訴訟要件の存否(住民訴訟対象性)

2  違法性の有無

3  徳島県に生じた損害金(2項において違法性が認められた場合)

三  争点に対する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告の主張

基金を金融機関に預け入れる行為は、単なる保管行為ではなく、金融機関に対して預託するという運用行為であり、その誤りにより徳島県が損害を受ける可能性があるから、住民訴訟の対象であるといえる。

(二) 被告徳島県関係者の主張

地方自治法上、基金そのものの管理と基金に属する現金の管理とは区別されている。すなわち、前者については、地方公共団体の長が条例で定める特定の目的に応じ、確実かつ効率的に運用しなければならないとされているが(同法一四九条六号、二四一条二項)、後者については、出納長が歳計現金(歳入歳出に属する現金)の例に従い、指定金融機関その他の確実な金融機関への預金その他最も確実かつ有利な方法によって保管しなければならないとされており(同法一七〇条二項一号、二四一条七項、二三五条の四、同法施行令一六八条の六)、前者の方が後者に比して積極的運用が予定されている。

住民訴訟の対象として基金は「財産」に含まれており(同法二三七条一項)、基金に属する現金もその一種であるから、右「財産」に含まれるものの、これと同様の取り扱いがなされている歳計現金の場合には、右「財産」に該当せずその管理については住民訴訟の対象とされていないこととの整合性から、基金に属する現金の保管行為は、住民訴訟の対象となり得ないと解するべきである。

また、住民訴訟の対象となる財務会計上の行為とは、財務的処理を直接の目的とするもので、当該地方公共団体に対して財産的損害を与える可能性がなければならないとされている。

そして、基金に属する現金の管理は、地方公共団体の資金管理の一環として、財政運営上の判断からなされるものであり、財務的処理を直接の目的とする行為に当たらず、かつ、地方自治法における基金に属する現金の管理方法としては、前述のとおり、原則として金融機関への預け入れしか認められておらず、これに則って右現金の管理をしている限り、これが地方公共団体に損害を与えることにはなりえない。

したがって、基金に属する現金の管理は、右財務会計上の行為には該当せず、住民訴訟の対象にはならない。

2  争点2について

(一) 原告の主張

被告圓藤寿穂は、徳島県知事であるから、徳島県の財務会計を監督し財産を管理するとともに、予算を調整し執行する義務を負っており、被告坂本松雄は、徳島県の出納長であるから、徳島県の会計事務を司る義務を負っており、被告寺田稔は、徳島県総務部長であり、被告平川薫は、同部財政課長であるから、いずれも徳島県の財政の適正を図る義務を負っている。

具体的には、被告徳島県関係者は、金融機関指定制度(地方自治法二三五条一項)を十分活用して、徳島県の歳計現金を最も確実かつ有利な方法により保管し(同法二三五条の四第一項、同法施行令一六八条の六)、地方自治法の規制を受けない企業会計、各種外郭団体・基金等の取扱いには、指定金融機関以外の金融機関等を参入させて、指定金融機関制度の不公平と非効率の是正に努めるとともに、各種基金を最も確実かつ有利・効率的な方法により保管しなければならず(地方自治法二四一条二項)、また、地方公共団体の財産を常に良好の状態で管理し、その所有目的に応じて、最も効率的にこれを運用しなければならない(地方財政法八条)。

しかし、被告徳島県関係者は、専ら被告阿波銀行の利益を図るために、被告阿波銀行に独占的に基金に属する現金を取り扱わせるという不適切な基金運用を行うとともに利率の低い相対取引により、被告阿波銀行に対して巨額の預託を行ったのである(被告阿波銀行以外の金融機関には参入の機会を与えなかったり、その機会を与えても預金額を少額に抑え込む等の不公平な取扱いを行い、被告阿波銀行に基金に属する現金の約七〇パーセントを低い金利で預託している。)。

右行為は、被告徳島県関係者の前記職務の懈怠によるものであり、これにより、被告阿波銀行に利得を得させるとともに、徳島県に損害を与えた。

(二) 被告徳島県関係者の主張

資金管理の目的は、地方公共団体の行政の基本をなす予算の適正な執行を図り、各種行政の円滑な推進に資するために、必要な資金を一時借入あるいは地方債の発行等の手段により、できるだけ少ないコストで、必要に応じて円滑に調達することと、歳計現金あるいは基金に属する現金等の余裕資金の運用を確実かつ計画的・効率的に行うことにあり、単に資金運用効率の向上のみが目的となるわけではない。

引き合い預託における各利率と相対預託の利率とを数値だけで比較すれば、前者の方が高くなっているが、相対預託は三か月運用であり、金融市場の実勢を反映した利率を適用しているのに対し、引き合い預託は、六か月運用であり、個々の金融機関の資金獲得意欲が引受利率となって提示されているものであり、両者はその性格が異なるから、利率の数値のみを比較してその有利不利を決することはできない。

相対預託による基金に属する現金の運用は、基本的には、三か月間運用の大口定期預金であり、金利は譲渡性預金三か月ものの出合いレートを準用したルールにより決定するというもので、効率的な運用が可能であり、実際にも、一般的な大口定期預金の金利指標に比して有利な金利であるから、異常に低い金利で被告阿波銀行に預託したわけではない。

(三) 被告阿波銀行の主張

被告阿波銀行は、相対預託の方法により県の基金に属する現金の預け入れを受けているが、その金利は、預託時における金融市場における譲渡性預金三か月ものの利率を基準として設定されており、一般の大口定期預金の金利を通常上回っており、地方公共団体の大口定期預金の金利としては最も妥当な金利である。

引き合い預託の場合、複数の金融機関が申し出る金利は、各金融機関の資金需要の程度や採算性等を考慮して各金融機関が見積もったものであり、市場における適正な利率とはいえない。

3  争点3について

(一) 原告の主張

(1) 被告徳島県関係者の前記違法行為(一2(一))により、被告阿波銀行が得た不当利得金額及び徳島県が受けた損害額は、徳島県の基金に属する現金一〇八六億五一〇〇万円のうち、被告阿波銀行に相対預託で平成一〇年五月二九日に預託した六四三億三三〇〇万円につき、引き合い預託での定期預金(一2(一)(1)における最高利率一・一二パーセント)とした場合に得られる利息(三億六九一四万八〇四一円)と、相対預託での定期預金(一2(一)(2)における利率〇・五五パーセント及び〇・六八パーセント)とした場合に得られる利息二億〇二四四万〇四〇〇円の差額一億六六七〇万七六四一円である。

(2) 被告徳島県関係者の前記違法行為(一2(二))により、被告阿波銀行が得た不当利得金額及び徳島県が受けた損害額は、徳島県の基金に属する現金一〇九六億四三〇〇万円のうち、被告阿波銀行に相対預託で平成一〇年一一月三〇日に預託した六四四億八四〇〇万円につき、引き合い預託での定期預金(一2(二)(1)における最高利率一・二四パーセント)とした場合に得られる利息(一億九四九七万一三四九円)と、相対預託での定期預金(一2(二)(2)における利率〇・五三パーセント)とした場合に得られる利息八三三三万四五二八円の差額一億一一六三万六八二一円である。

(二) 被告徳島県関係者の主張

相対預託において、前記のとおり、市場実勢を十分に反映し、かつ、大口定期預金の利率より有利な利率で預託を行っており、また、引き合い預託においても、個々の金融機関の資金需要を背景に、市場実勢を上回る金利により預託を行う等基金に属する現金の元本の財産的価値を減じることなく、市場実勢を上回る運用利益を上げているのであるから、徳島県における損害は発生していない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  原告は、基金に属する現金の運用の違法性を主張して本件各訴えを提起していることから、これが住民訴訟の対象(地方自治法二四二条の二第一項)に該当するかどうかについて検討する。

2  当該行為・事実が地方自治法二四二条の二に規定されている住民訴訟の対象といえるためには、財務的処理を直接の目的とし、当該行為・事実の直接かつ固有の効果として地方公共団体に対して財産的損害を与えるべき客観的可能性を有することが必要であり、公金の支出、義務の負担ないしは財産上の損失を伴わない単なる収入を発生させるにとどまる行為は、住民訴訟の対象とすることはできないものと解するのが相当である。

3  これを本件についてみると、普通地方公共団体は、条例の定めるところにより、特定の目的のために財産を維持し、資金を積み立て、または、定期の資金を運用するために、基金を設けることができ(地方自治法二四一条一項)、その基金は、右目的に応じ、確実かつ効率的に運用しなければならず(同条二項)、基金に属する現金の管理については、歳計現金の保管方法の例により、会計事務をつかさどる出納長及び収入役において、最も確実かつ有利な方法により保管しなければならないとされている(同条七項、一七〇条一項、二項一号、二三五条の四第一項)。右の「最も確実かつ有利な方法」とは、具体的には指定金融機関その他の確実な金融機関への預金その他の最も確実かつ有利な方法とされており(同法施行令一六八条の六)、安全で危険のない方法で、しかも最も経済的な価値を十分に保全発揮できる方法であり、かつ、いつでも支出できる形態をいうと解される。

右諸規定に照らせば、基金に属する現金を金融機関に預け入れる行為は、地方公共団体の管理に属する莫大な金額の現金の適切な取り扱いと厳格な管理のため、金融機関に保管・管理を代行させる性質を有しているものとみるのが相当である。

そして、前記争いのない事実(第二の一2)によれば、本件の基金に属する現金は、引き合い預託と相対預託のいずれも定期預金として金融機関に預け入れるという方法で保管されたことが認められ、元本額が保証されている上、その期間満了時には、右元本に対する利息金も発生することが見込まれているが、右預金に伴って生じる利息は、右現金の保管方法を定期預金による預け入れという方法をとったことに伴う付随的な効果にすぎないというべきであり、本件の基金に属する現金の預け入れは、当該行為の直接かつ固有の効果として徳島県に財産的損害を与える客観的可能性を有しないから、住民訴訟の対象であるということはできない。

二  したがって、右基金に属する現金の運用の違法性を主張する原告の本件各訴えは、訴訟要件を欠くものであるから、不適法である。

第四  結論

よって、原告の各訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法六七条一項本文、六一条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本久 裁判官 大西嘉彦 髙橋綾子)

別表〔略〕

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